山梨 県民信用組合は2004年に山梨県内の信用組合が合併してできた金融機関です。
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2004年2月に、甲府地区にあるやまなみ信用組合、峡北地区の美駒信用組合、郡内(富士吉田方面)の谷村信用組合と合併して山梨 県民信用組合と名前を変えてできた金融機関です。合併後は山梨県では山梨中央銀行に次ぐ二番目に資金量の大きな金融機関となっています。
現在の山梨県民信用組合はさまざまな金融機関が合併してできた金融機関です。私の住む北杜市で移り変わりを見てみると、甲陽、武田、美駒、そして県民と合併を繰り返してきました。次々と名前が変わるので、合併に慣れっこになってしまったのは当然です。
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元来しんくみは、県の指導下におかれていましたが、法律が変わり今は金融庁(前大蔵省)の指導下で動いています。そのために、金融庁の監査が年に一度くらい入ることになりその指導で合併したと言われています。金融庁ではしんくみの規模を大きくすることで経営安定させる目的があるといわれています。
山梨 県民信用組合の合併に関しては、やまなみ、美駒、谷村のほかにも都留しんの名前もあがっていました。そうなるとほとんど山梨県のしんくみは一つになってしまっていたはずでした。しかし都留しんは合併直前に、降りたという経緯があります。
山梨県のほとんどの信用組合が合併したわけですから店舗が非常に隣接した場所にありました。また、時代の変化とともに利益を多く上げられない店舗も増えきました。金融庁の指導の下、店舗の切捨てが行われ出しています。私の住む北杜市では、小淵沢、大泉という別荘地には永住する人が増えてきている反面、元来の町は活力を失ってきています。そのような地区の店舗は閉鎖になってきています。
2006年には合併前に着服していた行員の問題がおきました。2008年には4件の着服が報道され問題のある貸し出しなども報道されています。報道とともに顧客からの問い合わせや、不信感からの預金の引き出した増えたと聞いています。まだ合併前のそれぞれの信用組合が一つにまとまっていないために、おきた事件だといわれています。
合併した理由は、合併した中でも業績の悪かった金融機関の救済だったのではとささやかれています。それゆえに業績の元来よかった金融機関にしてみれば、給料は下がるし評判は悪くなるという愚痴も聞こえてきます。景気が悪化する中、中小企業にしか貸しだせない信用組合という性格上、地元で融資できる企業が景気の悪化とともに減っていることも業績が苦しい原因の一つのようです。